まだパンツはいてるの?

俺はプロのノーパンだ

日本人とパンツの歴史 〜我々はいつからパンツをはいているのか?〜

なぜパンツをはくのか?

 

意外となかなか答えられないのではないだろうか。

俺はよく「なんでパンツをはかないの」の方を聞かれるが、気になる人はこちらの記事でメリットを確認していただきたい。

 

www.12olympians.site

 

 

パンツをはく理由を「常識だから」で片付けてしまうのはもったいない。

かのアインシュタインも言ったではないか。
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Common sense is the collection of prejudices acquired by age 18.
常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションだ。

 

パンツをはくことは当たり前という意見は、ただの偏見にすぎないのだ。 

 

 

ということで、まじめにパンツをはく意味を考えてみた。

・ズボンが汚れるから
・風通しが良すぎて逆に気持ち悪いから
・股間をぶつけたときの緩衝材として
・勝負用の見せパンに
・多少漏らしたときにズボンが染みないように
・いきなりズボンを脱がされたときにコンニチワしないため
・スカートをはくときの保険
・ブラブラして集中できないから 

考えられる理由はこのぐらいだろうか

 

この記事では、日本人とパンツの歴史を見てみよう。

 

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パンツ以前

古代の日本のパンツはふんどしだった。
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「褌」の漢字は「衣」偏に「軍」と書くように、戦闘服に由来する。昔はが高価であったことから、戦国時代では戦死者身分は褌の有無で見分けを行っていた。当時はが主流であったが、江戸時代に入り木綿に代り、武士の他に一般庶民にも普及するようになった。一部の上流階層は縮緬などを用いていた。

ふんどし - Wikipedia

 

意外や意外、女性も古くからふんどしを身につけている。

平凡社『世界大百科事典』によると、日本書紀に女性がふんどしを着用した記述が確認できる。

 

一般的にふんどしは成人の下着として認識された。

陰部を隠すことが生殖機能を持った人間の象徴であると考えられ、幼児や子供がふんどしを締めることは許されなかったのだ。

 

 

だが、みんながみんなふんどしを締めていたわけではない。

江戸時代以前はふんどしなしのノーパン、いや、"のーふん"の方が主流。

特に、着物を着るときは下着のラインが出てしまうため、下着を消えること自体がマナー知らずと認識されていた。

 

そう、日本人はノーパン民族として長い歴史を持っているのだ!

 

 

パンツとの出会い

前の引用にあるように、江戸時代までは基本的に下着として和風のふんどしが主流だった。

 

だが、日本人は江戸時代以前に欧米のパンツという存在を知っていたのだ。

日本人で初めてパンツを手にした人物は、なんと豊臣秀吉だ。

ワコール宣伝部編『下着おもしろ雑学事典』によると…ポルトガル人の献上品に入っていたのが最初だそうだが、当初は着用された記録がなく、腰巻時代が続いた

http://  https://www.excite.co.jp/News/bit/00091149437596.html#ixzz5S8pPZY25 

 

 

日本人の上流階級にパンツが定着し始めたのは明治維新後である。

文明開化の一部として、日本人が洋風パンツを見てどう思ったのか気になる…

 

しかし、この時期はまだ女性のみだ。

鹿鳴館ではヨーロッパの流行服である洋風のバッスルドレスを着用した女性たちが和風の腰巻きが似合わなかったから下着としてズロースを身に着け、毎夜、華やかなパーティーに出席した。

 

そのズロースというのがこれ。
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[下着の中でも]比較的ルーズフィットで横サイドが長めであり、穿き込みが非常に深いものを指し、フイット性が高く横サイドが短め

ズロース - Wikipedia

 

男性はまだふんどしの時代。

 

 

 

 

パンツの普及

文明開化~大正時代は男はふんどし・着物のときはノーパン、女はズロース・着物のときはノーパンが主流だった。

 

この「女はズロース・着物のときはノーパン」スタイルを変えた事件が1923年の関東大震災と1932年の白木屋火災事件だ。

 

関東大震災

1923年に起きた関東大震災は、日本人女性の下着をつける文化を促進する運動の担い手となった。 

関東大地震のときに、池や川にうちあげられたおびただしい女性の死体の姿などから、女性の下ばきの必要性が叫ばれましたが、実現しませんでした

東京消防庁<消防マメ知識><消防雑学事典>

 

逃げる時の和服の不便さが問われ、政府の半官半民の団体である生活改善同盟会が「外出には、ズロースを」ということを呼びかけた。

しかし、女性がズロースをはくことは“女らしさ”を損ねと認識されていたので普及しなかった。

 

 

白木屋火災事件

この事件が日本人女性にパンツをはかせる決定打となった。

 

昭和7年のこの事件は、日本橋にあった白木屋(現在の東急百貨店)がクリスマスツリーの装飾修理のときに火花が飛び散り着火してしまった火災である。

 

当時、昭和初期とはいえまだ多くの女性が着物を着ていた。

消防隊が救助に駆けつけたが、14名の女性が自分の体重を支えきれなかった・救助されることを躊躇したため焼死・墜落死したのだ。

綱で降りても救命ネットに飛び降りても着物がめくれ上がり、ズロースをはいていないため下半身が見えてしまうからだ。

 

野次馬の目を気にしたこの行動は海外では大和撫子の美徳として報道された。

しかし、国内では「パンツをはこう!」という運動が起き、白木屋は女性定員にズロースを身につけることを義務付けた。

白木屋の火災を教訓として、東京朝日新聞が昭和8(1933)年5月7日の社説で「日本婦人はズロースなく門戸開放にすぎる」と論断したことなどもあって、洋装化がすすんできたのです。

東京消防庁<消防マメ知識><消防雑学事典> 

 

 

この2つの大きな事件によって女性はパンツをはくようになってきたが、男性はまだ「ふんどし・着物のときはノーパン」スタイルだった。

 

 

パンツの多様化

終戦後、女性は和服を捨て洋服に切り替えるとともにズロースなどの下着を着用し始めた。

第二次世界大戦後、麺のメリヤス製のズロースが最高級品として日本国中を席巻し、スタンダードな下着として国民に普及した。

ズロース - Wikipedia

 

その後、徐々に現在のパンツに近づいていくにつれて穿き込みが浅くなるなどのデザイン的進化があった。

 

 

また、欧米化の波は男性にも影響を与えた。
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タカアンドトシ プロフィール|吉本興業株式会社

 

男性も従来の「ふんどし・着物のときはノーパン」スタイルから洋風パンツが一般的になった。

 

とはいえ、1960年代まではブラブラ防止などの機能重視にとどまり、ファッションのアイテムとしては程遠く、いわゆる白ブリーフなどがメインだった。

 

パンツでファッションアピールするようになったのは1970年代終わり以降の話。

そこからバブルを迎え、崩壊し、見せパンとしてのパンツの需要も高まった。

 

俺の友達も勝負用にプーさんのパンツを持っていたから驚きだ。

ディズニー トランクス くまのプー ぎっしり Mサイズ AWDS5408

 

 

 

 

日本人がパンツをはくわけ

ここまで日本人とパンツの歴史を見てきた。

ここからわかることは、戦後に洋装の欧米の人がパンツをはいていたからはいてみた、というそれ以上でもそれ以下でもない理由でなんとなく流されてパンツを履いているだけでということではないだろうか?

 

欧米、特にイギリス・フランス・アメリカの人々がはいていたから自分もはく。

これはその文化の背後にある環境を無視した無意味な適合だったと俺は考える。

 

先に挙げた3国は冷涼な気候帯に位置している部分が多く、ズボンの下になにかはいていないと寒すぎたのだろう。

だが、日本はどうだろうか。

高温多湿な夏を毎年のように迎えるにもかかわらず、ズボンの下にもう1枚布をまく必要があるのだろうか?もちろん、ない。

 

鎌倉時代に既に吉田兼好が夏と冬で言えば、夏に合わせて住居を作るが良いと言っている。

家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。暑き比わろき住居は、堪へ難き事なり。

徒然草第55段

 

これは住居だけでなく、服装にも応用がきくだろう。

すなわち、基本は夏に合わせてノーパンで、冬だけ寒くなればズボンの下に布を巻く、これで済むはずである。

 

それにもかかわらず、多くの日本人は未だに1年中パンツをはき続けている。  

これは18世紀後半に始まったイギリスの産業革命で綿工業の発展による、綿製品をとりあえず売るための市場として日本が戦後位置づけられ固定された、と考えるほか説明のつきようがない。

というより、戦勝国の文化に合わせたとすると、もし日本がインドネシアやマレーシアに戦争で負けていたらパンツをはかないことが普通になっていたのかもしれない。

 

そういったこともろくに考えずに惰性でパンツをはき続ける愚者とは一生わかりあえないだろう。